紅橈会ホームページ

昭和5年(1930年)「紅橈」創刊号の巻頭に寄せられた大国教授の一文をここに引用して[紅橈]の持つ使命と意義を改めて認識したいと思います。

我漕艇部が年々の出来事を後々に書き残す為として[紅橈]を編する事となった。これは勿論広く世間に公にするものではなく、唯、部員と部の先輩(卒業生の極めて少数)等に頒つのみで、その範囲は極めて狭い、因って今より十年或いは二十年の後には誰の手にも保存せられないやうになるやら計られぬ。海外の漕艇界を見るにやはり記録の保存せらるることなく、後年に至って大骨折りしている。 それで近年は各国とも些細な事でもこれを印行して保存を計っている。我が国でも中々昔のことは分からぬ。これを公にしたもの亦誠に少ない。 我が漕艇部の歴史は誠に古い。 古いだけそれだけ分からぬ。 過去は致し方ないとして、今後[紅橈]の将来の継続と発達を祈っている。 頒布を受けた人は失わぬ様に大切に保存せられんことを望む

命名は、当時現役であった熊谷、関口、酒井の諸先輩が[紅橈]とし部報発刊を企画したものです。そして紅いブレードを意味すると共に部の[向上]を祈念して[こうじょう]と読まれました。


1赤いオール

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